151227研究と臨床

 
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151227研究と臨床

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2015年10月号の最新事情を読んだ方から編集室に問い合わせがあった。「心電図解析中に胸骨圧迫をしていいのか」という内容である。日本では当然心電図解析中に胸骨圧迫はできない。引用した文献はカナダのもので、これからの方向性を示す実験段階のものである。この連載はこのような海外の文献から救急医学の動向を伝えることを目的としている。この連載ではちゃんと文献も明示しているので、疑問があれば原本に当たることをお勧めする。

ノーベル賞をもらうような重要な基礎研究であっても、人の暮らしに溶け込むまでには長い年月がかかる。今回は研究が臨床に応用されるまでにイカに時間がかかるかを過去の例から明らかにしていく。

iPS細胞でもまだ実験段階

iPS細胞のノーベル賞受賞は私たち日本人に大きな自信と希望をもたらしてくれた。京都大学教授である山中伸弥先生が最初にiPS細胞に取り組み始めたのが2000年。教授の語るところによると、当初はどんな遺伝子が分からなかったためまずはたくさんの遺伝子を一緒に細胞に導入し、次からは導入する遺伝子の数を減らすことによって、必要最小限の遺伝子を確定する方法をとったとのこと。私の見たテレビでは「当初は60(と聞いたはずがネットで調べると試したのは24)もの遺伝子が候補に挙がっていた」と語っていた記憶があるので、それを4つにまで減らすためにはどれほどの労力が必要だったか想像もつかない。

iPS細胞が雑誌「Cell」に掲載されたのが2006年。それまではどんな臓器にでもなれる細胞としてES細胞が既に確立されていた。しかしES細胞は将来赤ちゃんになるはずの細胞をばらばらにして得るものであり、たとえそれが不妊手術で得られた余剰受精卵であったとしても、赤ちゃんの命を潰して研究しているという負い目が常に付き纏っていた。加えて患者自身の細胞ではないため、移植しても拒絶反応が起きて生着しない可能性も指摘されていた。その点、iPS細胞は自分の細胞に遺伝子を導入するので倫理的な問題はなく、拒絶反応も理論的には起こさない。当初懸念されていた癌化の危険性も、遺伝子を癌化の可能性の少ないものに変えたり、遺伝子の導入方法を変更するなどして癌になりづらい方法が確立されつつある。

これだけの利点を持ったiPS細胞にしても、現在までに臨床応用されたのは2014年9月の網膜手術のみである。iPS臨床応用ロードマップを見ると、この手術を皮切りに神経や造血器などへの臨床応用が書かれているが、いずれもまだまだ先のことである。

抗菌剤のノーベル賞

私たちの生活に密接に関係している抗菌剤の研究を二つ挙げる。

抗生物質のペニシリン:世界初の抗生物質である。今でもグラム陽性球菌には絶大な力を発揮する。さらに、普段使っている抗生物質の多くがペニシリンの改良によって作製されている。発見者はイギリスのアレクサンダー・フレミング。1928年のことである。フレミング自身はペニシリンの純粋物質化は行わなかったが、後の研究者(フレミングとともにノーベル賞を受賞している)によって分離精製され、1941年に臨床研究が開始された。発見後13年後である。

ペニシリンの発見の伝記を読むと、フレミングの机の上はとても汚かったから培養皿にカビが生えた、という記述が出てくる。多分そうなのだろうが、今まで数えきれないほどの研究者がカビで悩んでいた中に、たった一人だけそこからペニシリンを発見するのだから、やはりノーベル賞を取る人間は違う。

エバーメクチン:聞きなれない名前だが、犬を飼っている人なら薬剤名は知らなくとも「犬フィラリアの予防・治療薬」があることは知っているだろう。同じ成分は、陰部に強烈なかゆみをもたらす疥癬の治療にも用いられる。この薬の元ととなる物質がエバーメクチンである。発見者は今年ノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智先生。エバーメクチンを作っている放線菌は1978年に大村先生よって伊豆の伊東市で発見された。その後アメリカの製薬会社により改良されイベルメクチン(商品名カルドメックチュアブルP・ストロメクトール)として市場に出ている。イベルメクチンのフランスでの発売が1991年だから発見から13年後である。この大村先生、研究者としても経営者としても素晴らしい方で、経営的に行き詰まっていた北里大学を建て直したり、故郷に温泉を作ったりもされている。

AEDも12年かかっている

Pubmedで自動対外除細動器(automated external
defiblirator)を検索すると、最も古い論文として1954年のものが出てくる。これだけ古いとタイトルだけなので中に何が書いてあるかは分からない。

内容を確認できる論文としては1963年が最初である。内容は直流と交流で除細動の有効率を確かめたものである。AEDが研究の題材に上がって来るのが1979年。その12年後の1991年、ようやく現場へ持参できるAEDが発売されている。

強い意思が新たな市場を作る

iPS細胞は2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。このすごい研究も、元を辿れば奈良の大学で中山伸弥助教授と大学院1年目の高橋和利先生がたった二人で完成させたものである。大村智先生にしても、数えきれないほどの土を黙々と採取してきたという。

諦めない限り失敗することはない、という。私も目の前の些細な問題にひるむことなく、毎日努力を重ねてきたいと思う。


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15.12.27/10:49 AM

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