月刊消防 2018年9月号 最新救急事情
心臓ポンプ説と胸郭ポンプ説
胸を押すとなぜ血流が発生するのか。
この理由として以前から2種類の説が唱えられている。一つは胸を押すことで心臓を直接押し縮める「心臓ポンプ説」であり、もう一つは胸を押すことで胸の中の圧力が上がり、それが心臓や大血管を締め付けるために血流が出る「胸郭ポンプ説」である。
この二つの説について、Hands only CPR(手だけの蘇生術)の提唱者として有名なEwy先生が自分の考えを述べている文章1)を発見したので、今回はこの論文を紹介する。
心臓ポンプ説(図1)と胸郭ポンプ説(図2)
図1
心臓ポンプ説
胸骨を押すと心臓が直接押されて大きくなったり小さくなったりするという説
図2
胸郭ポンプ説
胸骨を押すと胸腔と縦隔の圧力が上がり、それが心臓や大血管を縮めるので血液が押し出されるという説
胸骨を押せば心臓が押されるので、自己心拍と同じように血流が発生するという説は、1960年にKouwenhovenらによって提唱された2)。このKouwenhovenは世界で初めて閉胸式心臓マッサージ(現在の胸骨圧迫)を世の中に紹介した人として名高い先生である。
20年後の1986年、Halperinらは胸郭ポンプ説を唱えた3)。これは胸骨を押すことで胸郭内部の圧力が増し、この圧力が心臓や大血管を圧迫することで血流が発生するとするものである。
これら二つの説は、発表されてからずっと生き続けている。私は自分の著書の中で、胸郭ポンプ説が有力であると書いた4)。理由は
(1)集中治療室での経験では、胸のどこを押してもちゃんと血圧が出たこと
(2)心臓の位置はまちまちで、ガイドラインに則って胸を押すと多くの人は上行大動脈が押されることが既に明らかになっていること
の2点であり、これらの事実は胸郭ポンプ説でなければ血流が発生する理由が説明できない。
胸郭ポンプ説が優勢
Ewy先生も胸郭ポンプ説が優勢であるとしている。Halperinらのグループが明らかにしたのは、胸骨圧迫によって胸腔内圧が上昇し、その圧力が血管に伝わることである。だが、気道が開通している場合には、押された容量分が呼気として口から出てしまい、胸腔内の圧力が上昇しない可能性がある。この疑問については、胸骨圧迫によって瞬間的に上昇した圧力が末梢の気道を閉塞させ、胸腔内圧を高めるとしている。
現在市販されてる自動胸骨圧迫装置のうち、オートパルスは胸郭を締め付けるだけで心拍出血流が得られる。またヒトによる胸骨圧迫より高い胸腔内圧が得られることが実験で明らかとなっている。
若ければ心臓ポンプ、歳を取るほど胸郭ポンプ
リンク
単純に考えて、1つのポンプより2つのポンプがあった方が血流はよく回るはずである。Ewy先生の結論もそこにある。
Ewy先生はまず、胸板の薄いヒトのほうが胸板の厚いヒトより心臓を直接押すことができると述べている(図3)。だが胸板の厚さと生存率についてのデータは示されていない。次に、年齢が若いほど生存率が高いことを過去に自ら発表したデータで示し、これは若いほど骨が柔らかく効率的に心臓に力を届けられるからと結論づけている。
図3
胸板の厚さと胸骨圧迫の関係。
胸板が厚いと胸骨圧迫の圧力が心臓に届きづらく、胸板が薄いと胸骨圧迫の圧力が心臓によく届く
多分本当なのだろう
若い人ほど助かりやすいのはEwy先生に言われずともわかるとして、胸郭が厚いヒトの生存率はEwy先生が示唆するように本当に悪いのだろうか。胸板の厚いヒトでは痩せているヒトに比べて胸骨圧迫が重労働であり、しかも効いているのか効いていないのかよくわからないことから、多分本当だろうとは思われるが、こんなにはっきり書いているのならそれに沿ったデータを出して欲しいものである。
リンク
文献
1)Acute Med Surg 2018;5:236-40
2)JAMA 1960;173:1064-7
3)Circulation 1986;74:1407-15
4)3訂版 見る!わかる!救急手技の基本とポイント。東京法令出版 2017年
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