近代消防2019年6月号, No 703
授業参観中に起きた救急事案に対する児童への影響について
尾藤研太*、和田泰宣*、山川弘保**。
*岐阜県 郡上市消防本部 郡上中消防署
**郡上市民病院 救急部長
著者連絡先
尾藤 研太(ビトウケンタ)
岐阜県郡上市消防本部 郡上中消防署
〒501-4221 岐阜県郡上市八幡町小野4丁目4-1
電話: 0575-67-1236
目次
1.はじめに
AEDと心肺蘇生講習会の普及により、一般市民が心肺蘇生に係わる機会が増えてきたこともあり、バイスタンダーに対する心的ストレスが問題視されるようになってきた。今回、私たちは小学校の教室内で発生した心肺停止事案について、バイスタンダーと周囲にいた子ども達への心的ストレスについて検討した。
2.事案の概要
○○年4月、小学校2年生の授業参観中に教室内で保護者(母親)が卒倒した(図1)。居合わせた保護者が「意識が無く、顎がガクガクと動いており、心臓が動いているか分からない状態」を確認したため、その場で胸骨圧迫を開始し、周りの人に救急要請・AEDの依頼をした(図2)。その後、傷病者は救急隊接触時には会話ができる状態にまで回復している。
本事案発生の数日後、現場を目撃した小学2年生の中で体調不良の児童がいるという話を聞き、心的外傷後ストレス症候群(PTSD)が生じているのではないかと考え、実態調査を行った。
図1
小学校2年生の授業参観中に教室内で保護者が卒倒した
図2
保護者による心肺蘇生が行われた
3.対象と方法
対象は当日参加していた保護者13名である。方法は当方からの質問形式と、自由記載とした(図3)。また教員とバイスタンダーには別の質問を用意した(図4)。バイスタンダーは保護者用とバイスタンダー用の2枚を記入した。児童は小学2年生と幼いため調査により不安が増幅される懸念はあったものの、教職員と保護者の協力を得て、全員から回答を得ることができた。
図3
保護者用アンケート クリック・タップで拡大します
図4
バイスタンダー用アンケート クリック・タップで拡大します
4.結果
質問それぞれに結果を記す。
(1)質問「お子さんと当日の事を話をしましたか」
当日の事は13名中、12名が話をしたと回答し、友人の母親の安否や胸骨圧迫のこと、また誰の母親が倒れて誰が手当てをしたのかも児童は理解しており、心肺蘇生のことが強く心に残っていることが窺われた。
(2)質問「お子さんの発言や行動がいつもと違うと感じた時はありませんか」
心の変化は13名中3名が感じたと回答した。自分のまわりでまた起こったらどうしようと思うなど、不安を強く感じた児童がいることも分かった。
(3)質問「お子さんや保護者の中で体調の変化はありませんでしたか」
体調の変化は2名にみられ、不眠、めまい、腹痛などの身体的異常やショック・怖いなどの精神的な影響が窺える回答があった。
(4)質問「学校から状況の説明や対応について話はありましたか」
2名が無かったと回答したものの、あったと答えた9名については、授業参観後の総会の際に事案の報告があり、児童の様子を観察するとともに、異常時の早急な対応も指示されていました。
(5)保護者からの自由意見
「目を背けることばかり教えるのではなく、事実を受け入れるという経験になったのではないか」「命について学ぶ機会となり救急について学べるチャンスであった」などの前向きな意見と、事実と異なった噂が広がったことへの意見、また事後対応の遅さや説明不足からいつまでも不安な気持ちが続いてしまった、といった否定的な意見に分かれた。
(6)蘇生バイスタンダーに対するアンケート
バイスタンダーは当日授業参観に参加していた保護者であり、バイスタンダーとしての自由意見を書き込んでもらった。回答では心肺蘇生開始の判断に対する不安や、生身の傷病者で初めての経験であり、当日寝るまで体調が変であったこと、また勇気を出して行った行為であったのに「本当に必要な処置だったのか」と否定的な噂が聞こえてショックであった、などの後ろ向きな意見があった。一方、「児童への心のケアについて早く取り組むべきではないか」「今回の事案に児童が遭遇した事は、悪い事ではなく、命の尊さを伝えられた貴重な体験となったのではないか」との前向きな意見もあった。
考察
今回、小学2年生の授業参観中という、児童・保護者共に顔見知りの現場で行われた心肺蘇生について、心肺蘇生の及ぼす影響を調査した。その結果、子ども達には心的不安だけでなく身体症状も生じていることから、特に早い段階での対応が望まれた。また普段の救急出動であっても市民にとっては多くのストレスを感じる場となる事を認識し、従来から指摘されているように、その後の多角的なサポートが必要だと感じた。
今回我々は、サポートの一環として感謝カードを配布した(図5)。岐阜県は平成29年4月からバイスタンダーサポート体制を構築し、現場で応急手当を試みた人に対し、不安や疑問を感じた場合に消防本部が一次窓口となり相談に対応している。二次窓口は保健所であり、救急活動現場でその旨が記載された感謝カードの配布を行うものである。バイスタンダーサポート体制が構築され感謝カードを配布することで、バイスタンダーにさらなる安心を提供でき、救急事案に積極的に関わる人数が増えることを切望している。
図5
感謝カード
結論
1.小学校2年生の授業参観中に教室内で保護者(母親)が卒倒した事例を経験した。
2.居合わせた子ども達には心的不安だけでなく身体症状も生じていることから、特に早い段階での対応が望まれた
3.バイスタンダーについてもサポートは必要であり、その一環として感謝カードを紹介した。
氏名:尾藤 研太(ビトウケンタ)
出身地:岐阜県郡上市
所属:郡上市消防本部
消防士拝命:平成20年
救命士合格年:平成27年
趣味:旅行・スノーボード
ここがポイント
バイスタンダーへのサポートは消防の中でも議論になっていて、心的外傷を避けるためにカウンセリングを導入したり、簡単なところでは感謝状を出して良いことをしたという自覚を高める試みがなされている。
オランダからの文献を紹介する1)。2013年から2014年にバイスタンダー心肺蘇生を行った6572名のうち2459名から回答を得た。心肺蘇生については短期的にはひどい事件だったと思う人は13%、耐えられる事件だったと思う人は46%、それほどのストレスを感じなかったという人は41%で、医者や消防が思っているほど重大な事件とは考えていない。またバイスタンダーになった直後は大変な思いをし心的外傷の症状が出たとしても、4週間から6週間経てばそれらは消失することも論文は示している。
患者が助かるか死ぬかでバイスタンダーが受ける心的外傷の程度が異なるという論文も読んだことがある。患者が亡くなったとしても、バイスタンダーとしてやることをやったと感じることができれば心的外傷は少なくなる。今回の症例は患者が助かっていることから、児童には心的外傷ではなく将来への希望を与えることができたのではないか。
消防にはバイスタンダーに対する「感謝カード」の授与など簡単なことから始めて欲しい。心的外傷の恐れはずっと少なくなるだろう。
1)Resuscitation 2015;92:115-21
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