プレホスピタルケア 33巻1号(2020/2/20)
最新救急事情
DNAR order
東京消防庁では去年12月から、自宅で死亡し家族が蘇生を望まない症例について、かかりつけ医の指示を得て蘇生や搬送を中止できる仕組みを導入した。報道によれば蘇生や搬送を行わない条件として、(1)患者本人に心肺蘇生を望まない意思があったことが確認できる(2)かかりつけ医やその連携医に連絡がつく(3)医師から心肺蘇生の中止と不搬送の指示を受ける、の3つの条件全てを満たなければならず、この条件に当てはまる症例はそれほど多くないだろうが、限りある資源を活用するためには有効な手段である。
この項では蘇生拒否宣言(Do-Not-Attempt-Resucsitate oder, DNAR)と救急隊が蘇生を中止する基準について論文を眺めてみる。
目次
DNARとは
上記の通り蘇生拒否のことである。以前はDo-Not-Resucsitate oder (DNR)と呼ばれていたもので、事象を正確に表すようになっただけで意味は変わらない。DNRをそのまま読むと「心肺蘇生をすると蘇生してしまうので蘇生行為をするな」となる。実際にはやっても蘇生できない症例にDNR宣言をするのだから、attempt(試行する)という動詞が入れられてDNAR「やっても無駄なことをあえて試みるな」となった。
DNAR宣言は入院早期に行われる
DNAR宣言の問題点は、入院早期に行われてしまってその後の情報が反映されないことであるというイギリスの論文1)がある。筆者らの病院ではDNAR宣言は平均して入院後2日で行われる。宣言書の記載は62%が専門教育を受けたスペシャリストによってなされるが、10%はコンサルタントが、17%が担当医、10%は夜勤担当医師によって行われる。これら宣言者の41%は入院後30日以内に死亡する。
女性の方がDNAR宣言率が多い
病院外心肺停止で蘇生された後、DNAR宣言をするのは女性が多いという報告2)が出ている。病院外心停止で救命された患者6562名が対象である。入院後24時間以内にDNAR宣言をした男性は19%であったのに対し女性は23%であり有意差を認めた。年齢や人種などをマッチさせてもなお女性の方が多かった。日頃から患者と接している救急隊なら納得できる数字であろう。
DNARだからといって全て死ぬわけではない
中国のDNARの基準が変だと訴える論文3)である。中国でもDNARの決定は入院している患者を対象に医師が行い書面に表す。過去のDNAR患者の病院外心停止搬送2289例を調べたところ、5.8%に当たる132例で生存退院しており、1.2%に当たる28例では神経学的に良好な状態での退院であった。生存退院や神経学的に良好な例を調べると、目撃のある卒倒、病院到着前に除細動を行っていること、現場で心拍が再開していること、入院後に心臓カテーテル治療を行っていること、そして蘇生時にアドレナリンを使わなかったことが共通していた。この結果から筆者らは中国におけるDNARの扱いを再考するべきだとしている。
私は中国の医師であっても医師である以上日本と大差ない基準でDNAR宣言をするのだと思う。癌なら最末期であること、消耗性疾患なら回復の見込みがないこと、老人なら老衰で死ぬことが明らかであることなど。DNARは原病が進行して死亡することが前提なので、DNAR患者であっても原病の進行が遅い人が急性心筋梗塞になったなら6%近い生存退院率があっても不思議ではない。この論文は中国の医師の判断が変なのではなく、DNARが持つ曖昧さ、つまり誰がどの状態で判断するのか、原病とは別の急性疾患で危機が訪れた時に区別できないことなどを示しているのだと思う。
心肺蘇生をやめる基準
日本は医師の指示がないと救急隊が蘇生を中止できないが、救急隊の判断で蘇生を中止できる国もある。アメリカのカリフォルニア州サンディエゴでは、(1)除細動で放電不可(2)卒倒目撃なし(3)80歳以上、の3つの条件を満たす患者については心肺蘇生を中止できるとしている。この基準の妥当性について、2015年から2018年の間での出動報告書を利用して検証した4)。それによると、この期間で通信室が覚知した心肺停止症例は1750例。1178例は自宅でも心肺停止である。44例はDNARであるため除外。平均年齢は69歳で男性が67%であった。48%が卒倒目撃あり、38%がバイスタンダーCPRあり。25%が除細動可能波形であった。サンディエゴの3条件を満たした患者は223例であり、この中で生存退院した患者はいなかった。
蘇生を6分間で終了させる試み
カナダからは蘇生を6分間で終了させられないか検討した論文が出ている5)。カナダのブリティッシュコロンビア州には「蘇生終了についての一般的な取り決め」がある。これに「心肺蘇生2分間を3回、合計6分間蘇生を試みて心拍が再開しなければ蘇生を終了する」という項目を入れたらどうなるか検証したものである。対象患者は6994例。そのうち生存できたのは15%であった。6分ルールを当てはめると感度が0.72、特異度が0.91、偽陽性が0.98、偽陰性が0.36である。6分間ルールに当てはまった症例数は4367例で全体の62%である。この4367例のうち92例が生存退院しているので偽陽性率は2.1%。6分間ルールに当てはまらなかったのは2627例、そのうち1674例が死亡しているから偽陰性率は64%となる。
感度も特異度も現場に耐えられる数字ではない。この項目を現場に適用すると、もしかしたら助かっていたかもという患者が大量生産されそうだ。この項目を蘇生30分とすると、6分ルールに比べて死亡率はほぼ100%となるので感度が100%になるそうだが、これでは今までの蘇生中止基準と変わらない。
曖昧ゆえに難しい
DNARは上に挙げたアメリカ2)やイギリス1)の論文では本人と第三者が書面にサインしている。それでもイギリスの論文1)では不備を多く指摘している。日本でもDNARは広く普及しているが、その多くはちゃんとした書面でなく家族の希望とか本人が意識のはっきりしているときに語ったことなどを根拠にしている。その患者の多くは自然の経過で死亡するが、中には中国の例3)のように別の疾患で死亡する。DNARは本来は原病による死亡だけを扱っているはずだが、その概念の曖昧さゆえに医療者が振り回されることもある。ただこの曖昧さがすぐ解決するとは思えない。本人も家族全てがDNARの本来の意味を理解しているとは考えられないからだ。
文献
1)Clin Med (Lond) 2016;16(suppl 3):s13
2)Clin Ther 2019;41:1029-37
3)Resuscitation 2018; 127:68-72
4)Resuscitation 2019;142:8-13
5)Ann Emerg Med 2017;70:374-81
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