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200430救急隊員日誌(190) 「あんたら信用ならん!」から学ぶこと

月刊消防2020/3/1
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「あんたら信用ならん!」から学ぶこと

 腹痛の現場に後輩の救命士と向かった。後輩とはいっても経験の少ないやつではないので、資機材の準備をしている間に、現場へ先に向かわせるようにしている。遅れて傷病者の部屋に入ると、空気が緊張しているのがわかった。皆の視線が向いているのは、椅子に座っているひとりの男性。症状を訪ねる後輩に攻撃的な返答をしている。目つきも鋭く、全身で戦いを挑んでいるかのように見えた。対応していた後輩も「目には目を」作戦を選択しているようだ。きつい口調に対して「じゃあなんで救急車を呼んだんですか!」と言い返している。対応していた後輩が私に気づくとSOSのサインを送ってきたので、「わかったよ」交代することにした。家族に話を聞きに行くふりをして廊下に出た後、「一体、何があったの?」と後輩に聞いてみると、「あんたら信用ならん!」の一点張りで、観察させてもらえなかったらしい。

 部屋に戻った途端、今度はあんたか!という敵意がこちらに向けられたので少し怯んでしまったが、極力動揺を隠して、相手が話したいことをひたすら聞く作戦をとった。すると、去年受けた回復手術でガーゼを置き忘れられた話が始まった。腹痛や発熱で苦しんだこと、取り除かれるまで半年以上もかかったことが語られた。なるほどそれが医療不信へ繋がって、救急隊に怒りが向けられているというわけか・・・。と思いきや、続いて傷病者の妻の話になった。その病院で点滴の間違いが起こり、それが元で亡くなったのが5年前なのだという。

 確か、「こんなことが二つも重なると、ほとんどの方は医療不信になりますね」みたいな独り言をつぶやいたと記憶している。キッとこちらを見据えていた目元がゆるみ、涙がこぼれた。「そんなふうに言ってもらったのはあんたが初めてです」とうつむいた。おさまるのを待って、「落ち着きましたか?」と聞くと、「はい」と小さく答えて顔を上げた。ここまで30分はかかっただろうか。その場にいた後輩救命士は、それからごく普通の調子で観察を進めている私の様子を見て驚いていた。でも、私は話を聞いただけで特別なことは何もしていない。

 ある救急医に勧められた書籍Frank J.Edwards著の「ER・救急のトラブルファイル」という本にこんなことが書いてあった。“全てを理解するには全てを認めるということ”フランスの古いことわざらしい。もし、救急車を要請したことを受け入れて最初から詳細に経過を聞けば、傷病者を理解することができた。「厄介な傷病者に当たったな・・」と善悪判断が先になると見えなくなってしまうものがある。まず受け入れる。あるいは感情を保留する。これで救急現場のトラブルはかなり避けられるのではないだろうか。

 これまでの救急隊人生を振り返ってみると、一見クレイマーに見える傷病者のエピソードから学ぶものはいつも大きい。かもしれないという視点は、医療の現場では思わぬ解決の糸口につながることがある。そこに気づくことができるかどうかが、傷病者の生死を分けることもあるのではないだろうか。近年、問診力や診断力を養う救急隊員コースが多く開発されているが、その力の根底は、「想像力」に他ならないだろうと私は思っている。
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