近代消防 2020年12月号
救急活動事例研究 44
検査後のバリウムイレウス(腸閉塞)により腸管穿孔をきたし腹痛を訴えた1例
赤羽根一、東郷貴美佳
栃木市消防本部
目次
プロフィール
名前(読み仮名):赤羽根一(あかばねはじめ)
所属:栃木市消防署
出身地:栃木県小山市
消防士拝命年:平成9年
救命士合格年:平成19年(ELSTA東京第30期)
趣味:ボクシング(主に試合観戦やレアもの収集。たまにジムで練習し、サンドバッグを叩きストレスを解消する。)
1.はじめに
検診(人間ドック)での上部消化管造影検査におけるバリウムの停滞で、腸管(大腸)穿孔を来し腹痛を訴え、救急搬送した症例を経験したので報告する。バリウムを用いた胃癌検診者に大腸穿孔が発生する頻度は101万人中3人であることから、きわめて稀な症例といえる。
2.症例
64歳男性。朝7時頃、自宅で朝食を摂った後下腹部痛を訴え、症状軽快しないため家族が救急要請した。既往歴として高血圧、胸水がある。
傷病者は居間のベッド上に膝を曲げた右側臥位(001)でおり、下腹部の持続痛を訴え苦悶様表情及び冷汗がみられた(002)。一昨日、人間ドックを受けバリウムを飲んだこと、翌朝に普通便が出たことを聴取した。
ターポリン担架にて屋外搬出後ストレッチャーにファウラー位とし車内収容(003)し、観察を継続しながら当番2次医療機関へ搬送した。医師に状況・観察結果・既往歴(一昨日人間ドックにてバリウムを飲んだことを含む)を報告し引き継いた。観察結果を表001に示す。
病院では初療室にて腹部エコー、その後腹部CT(004, 005)を実施した結果腸管穿孔(中等症)と診断された。救急部から外科へコンサルト。下部消化管穿孔の診断により、同日午後開腹し、S状結腸に約4㎝の穿孔を認めた。穿孔部腸管を切除し人工肛門を造設して手術を終了した。後日退院し、現在も通院中である。
表
観察結果
001
傷病者は居間のベッド上に膝を曲げた右側臥位
002
下腹部の持続痛を訴え苦悶様表情及び冷汗がみられた
003
ファウラー位とし車内収容
004
CT水平断。バリウムの腹腔内への漏出
005
CT前額断。ダグラス窩への漏出
3.考察
造影用バリウム服用の副作用として便秘・腸閉塞・アレルギー症状・消化管穿孔がある。このうち消化管穿孔の原因としては
・硬くなったバリウム便塊が通過時に腸管壁に裂創を生じる。
・硬くなったバリウム便塊が腸壁を圧迫し阻血壊死を起こす。
・内圧上昇による腸管脆弱部の損傷。
が考えられている。
本邦での報告例は憩室や癌など、大腸に何らかの基礎疾患を持つ場合が多く、そのような疾患を持たずバリウム停滞のみによると思われる穿孔例の報告は稀である。
バリウムを用いた胃癌検診者に大腸穿孔が発生する頻度は、101万人中3人(0.00029%) となっている。大腸に器質的疾患(憩室、腫瘍など)のあるものを除外すると、26例だった(男性4人・女性22人、年齢は40~80歳:平均65歳)。検査後発症までの期間は1~9日(平均2.96日)。穿孔部位はS状結腸17例、下行結腸5例、直腸3例、横行結腸1例で、全例左側大腸であった。
バリウムが漏出しておこる 「バリウム腹膜炎」は、重篤な経過をとることが知られ、ショックなどの合併症発生率が約70%と高く、短期間で致死的な経過をとることも少なくない。バリウムあるいは糞便の単独汚染よりも、バリウムと糞便の合併した腹膜炎の方がはるかに死亡率が高く、本邦ではその死亡率は約20%~30%と報告されている。
以上のように検診でのバリウム検査後に大腸穿孔をきたすことは非常に稀であるが、腹膜炎を来し敗血症性ショックを合併するなど死亡率も高く、また病
院内での処置も困難であることから、救急隊の的確な観察・処置・判断が必要となる。本事案では、医師引継ぎ後すぐにエコー検査及びCT検査を実施し、早期に腸管穿孔の診断が付き緊急手術に繋がった事から、救急隊からの情報提供(特に既往歴)は医師の診察に役立ったと自負している。現場活動において観察・処置は勿論の事、既往歴の聴取の重要性を、本事案を経験し改めて感じた。
4.結論
1)検診でのバリウム検査後に大腸穿孔をきたした症例を経験したので報告した。
2)現場活動において観察・処置は勿論のこと、既往歴の聴取の重要性を、本事案を経験し改めて感じた
ここがポイント
バリウムによる腸管穿孔は有名な偶発症で、私も学生の時に講義で習った覚えがある。調べてみると、胃のバリウム検査より、注腸バリウム(肛門からバリウム溶液を注入してレントゲン写真を撮るもの)のほうが穿孔の報告が多いようである 1-3)。これは注入のために圧力をかける必要があるからだろう。
非常に稀な例だが、覚えておいて損はない。皆さんも聴取内容の一つとして加えておこう。
文献
1)BJR Care Rep 2018;4:20180017
2)Pediatr Radiol 1993; 23:289-90
3)Eur J Gastroenterol Heoatil 2005; 17:121-4
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