250723_救急活動事例研究_86_ブドウ糖投与で意識レベルは改善したが血糖値は上昇しなかった一症例_男鹿地区消防一部事務組合_今津谷健

症例

近代消防 2024/10/11 (2024/11月号) p80-4


ブドウ糖投与で意識レベルが改善したが血糖値は上昇しなかった一症例

男鹿地区消防一部事務組合消防本部  今津谷 健  戸嶋 光基  戸嶋 一也

目次

1.男鹿地区消防一部事務組合消防本部について

(1)概要

男鹿地区消防一部事務組合消防本部は、秋田県(001)北西部にある日本海に突き出た男鹿半島の大部分を占め「なまはげの里」として知られる男鹿市、半島付け根部分に位置し秋田市のベッドタウンという都市的な特性を持つ潟上市(天王地区)、かつて日本で二番目の広さを誇った八郎潟を干拓して誕生した大潟村の2市1村で構成される。令和5年には組合消防発足から50周年を迎えた。(002)

管内人口は約49,003人、管轄面積は452.61k㎡。(令和5年4月1日現在)。消防体制は、1消防本部5課(総務課・警防課・予防課・通信指令課・救急課)、1消防署6分署、職員数は150名で組織されている(002)。

001

秋田県の位置

002

男鹿地区消防一部事務組合消防本部 管内図

(2)救急業務

救急隊は7隊で運用されており、職員数150名の内、運用救急救命士は32名(薬剤認定・処置拡大認定救命士32名、気管挿管認定救命士11名、ビデオ喉頭鏡9名、指導救命士3名)である(令和6年4月1日現在)。令和5年の救急出動件数は2,569件、搬送人員は2,328人と、前年比で83件102人の減少となっている。

2.はじめに

秋田県では2017年9月に低血糖傷病者に投与するブドウ糖が50%から20%に変更された。2019年2月のプロトコル一部改訂では、投与後は医師の指示に応じての血糖値の再測定は不要となり、投与後は概ね3分後のJCSによる評価を医師に報告するに留めている。

20%ブドウ糖でも血糖値及び意識レベルの改善に一定の効果が期待できるとされているが、今回、低血糖傷病者に20%ブドウ糖を投与し意識レベルの改善はみられたものの、病着後の血糖測定では血糖値の明らかな改善を認めなかった症例を経験した。この症例を報告するとともに、過去に当消防本部で経験した、ブドウ糖投与による血糖値の変化について報告する。なお、現場写真については全て再現である。

3.症例

令和x年6月x日 8時03分覚知

宿泊施設からの救急要請(通報者:宿泊施設従業員)で、「宿泊客の40歳代女性の具合が悪い旨の通報、その他詳細不明」との指令により出場した。(救急隊4名乗車※)

※当消防本部の救急出動体制は、通報内容により通信指令員判断で、通常救急であれば救急隊3名、救命対応事案(詳細不明含む)は4名体制で対応している。

宿泊施設従業員の案内(003)により傷病者に接触。傷病者は客室内ベッド脇の床に仰臥位の状態で、初期評価では意識レベルはJCS200、やや頻呼吸であるが橈骨動脈は充実。発汗著明で外傷はなしであった(004)。

同行者からは一緒に客室にいたところ大量に汗をかいて徐々に意識状態が悪化し、ベッド脇に倒れこんだと聴取。病歴については、腎移植をしているとのことであったが、糖尿病については不明であった。テーブルには飲食をした形跡があり、何らかの機器が置かれていた(005)が、傷病者の所持品であるという説明を受け確認した結果、血糖測定器(006)であることが判明した。

003 宿泊施設従業員の案内により傷病者に接触。

004 客室内のベッド脇に仰臥位で倒れていた。

005 テーブルには飲食をした形跡と、機器が置かれていた。

006 機器を確認すると、血糖測定器であった。

現場でのバイタルサインを表1に示す。血糖測定器が傷病者の所持品であること、腎移植の病歴があり、明らかな麻痺もなく発汗著明等の交感神経刺激症状もあることから、低血糖症状による意識障害を疑い血糖測定を実施した。

血糖値が22㎎/dlの低血糖状態であったことから、腎移植をした医療機関に静脈路確保とブドウ糖投与の指示要請を行い、搬送しながら処置を実施。右肘正中皮静脈に22Gで静脈路確保し、20%ブドウ糖溶液20ml×2本を投与した。 

ブドウ糖投与3分後のバイタルサインを表2に示す。投与3分後の意識レベルの評価ではJCS1への改善がみられ、詳しい既往歴を聴取すると 腎移植の他に糖尿病の既往もあることが分かり、以降、意識レベル及びバイタルサインに大きな変化はなく病着となった。病着後に測定した血糖値は28㎎/dlであった。

傷病名、傷病程度にあっては、「低血糖・Ⅰ型糖尿病、軽症」であった。

表3に本症例の時系列を示す。

表1

現場でのバイタルサイン

表2

ブドウ糖投与3分後のバイタルサイン

表3

時系列

4.地域MC協議会による事後検証

当消防本部が所属する地域MC協議会での事後検証結果は下記のとおりである。

(1)一次検証

ブドウ糖投与から20分以上経過してからの病着となっているので血糖が再度低下することは容易に想像される。指示医師に状況報告して指示を仰ぐ必要があった。

(2)二次検証

病着時、意識レベルは明確に改善しているから、あえて救急隊が再度ブドウ糖を投与する必要はない。ブドウ糖投与の目的は意識レベル改善の判定であり低血糖の改善ではない。

5,ブドウ糖投与後の血糖値と意識レベルの変化の検討

本症例を受けて、当消防本部での経験例を後ろ向きに検討した。

(1)目的

 低血糖症例に対する病院前20%ブドウ糖溶液の投与による意識レベルの改善効果と投与完了から病院到着後血糖値との相関性について調査する。

(2)対象と方法

2019年1月から2023年8月までの期間において、低血糖傷病者へのブドウ糖投与症例を抽出し、投与前後の血糖値を比較した。意識レベル改善の定義については、投与3分後の意識レベルの評価で、投与前の意識レベルが3桁であれば2桁以上、2桁であれば1桁への改善とした。

(3)結果

005に、調査結果を示す。調査期間中に低血糖のためブドウ糖投与した症例は25例で、男性13例・女性12例、年齢中央値は79歳である。投与完了から病院到着まで、最長は39分、最短は0分であり平均時間は12.9分である。なお、投与による有害事象は1例あり、これは20ml・2本投与後に穿刺部に腫れを認めたことから、医師の指示で抜針している。

     005 調査期間におけるブドウ糖投与症例

全症例のブドウ糖投与前後の血糖値と意識レベル及びブドウ糖投与完了から病院到着までの時間を調査した。

25例中、病着後の血糖測定で血糖値上昇を認めたのは92%の23例。その内、6例(No4・6・11・12・13・25)が50㎎/dl未満であったが、搬送時間の長短による差異はなかった(表4)。

投与3分後の意識レベルの評価で改善を認めたものは、76%の19例であり、このうち18例は悪化することなく病着となったが、No13では投与後JCS200からJCS30に改善するも、病着時には再度JCS200に悪化している(表5)。また、2例が病着後の血糖測定において、血糖値が投与前より低下しており、No7は意識レベルは改善、No19は改善することなく病着となっている(表6)

表4 意識レベル(JCS)の変化とブドウ糖投与前後の血糖値(BS)。※Low表示 10㎎/dl未満

血糖値上昇を認めたのは92%の23例。6例が50㎎/dl未満であったが、搬送時間の長短による差異はなかった

表5 投与3分後の意識レベルの評価

改善を認めたものは、76%の19例。しかし1例では投与後JCS200からJCS30に改善するも、病着時には再度JCS200に悪化している

  

表6 現場と病院到着後の血糖値の比較

2例が病着後の血糖測定において、血糖値が投与前より低下しており、No7は意識レベルが改善、No19は改善することなく病着となっている

006に意識レベル2桁及び3桁の意識レベル改善度を示す。ブドウ糖投与前の意識レベルはJCS2桁が9例、3桁が16例であったが、JCS2桁は9例中8例(88%)で意識レベルが改善、3桁は16例中10例(63%)で改善し、JCS3桁の方は血糖値の上昇を認めても、意識レベルの改善度が低率であった。

   006 意識レベルが2桁及び3桁の意識レベル改善度

007に糖尿病の既往の有無と最終診断名を示す。25例中、60%で糖尿病の既往があり、24例で最終診断が低血糖であった。他1例は肺炎の診断であった。

007

糖尿病の既往の有無と最終診断名

(4)考察

20%ブドウ糖でも血糖値の有意な上昇と意識レベルの改善を認めるも、病着後の血糖値が50㎎/dl未満の症例、投与前より血糖値が低下していた症例も散見された。JCS2桁と3桁とでは、意識レベルの改善度に差異がみられ、これらは既往歴や糖尿病治療薬の影響、低血糖状態への慣れ、低血糖状態に陥ってから投与されるまでの時間や、20%ブドウ糖の濃度が投与完了から病院到着までの時間軸の影響も推測される。

しかしながら、本調査の限界として少ない症例での結果であることや50%ブドウ糖投与による効果との比較データでないこと、高度意識障害における重篤な低血糖症例に対する効果の検討が必要である。

全国的に50%または20%ブドウ糖を使用している消防本部が混在する中、傷病者の状況、観察所見、処置内容、結果を適切に報告した上で、状況に適したメディカルコントロール体制のもと、質の高い搬送業務向上の為、ブドウ糖投与の処置は今後も発展性の余地がある特定行為として、必要に応じたブドウ糖投与後の血糖値再測定の施行と、新たな処置についての議論、検証が必要になると考える。

6.補足

現在、秋田県では2023年9月1日付けで低血糖プロトコルが一部改訂され、投与するブドウ糖溶液が変更となっている。

(変更前)20%ブドウ糖溶液20㎜l×2本

(変更後)50%ブドウ糖溶液20㎜l×1本

7.結論

・低血糖発作の傷病者に対しブドウ糖を投与したところ、意識レベルの改善は見られたが病院到着時の血糖値は改善していなかった症例を経験した。

・同様の過去症例を検討し、新たな議論の必要性を述べた。

ここがポイント

低血糖発作はインスリンが糖尿病治療に導入されて以来の副作用として恐れられてきた。2017年にノルウエーから出た報告では56歳以下の1型糖尿病の死亡の8%が低血糖によるものとしている。症状としては意識障害が最も目立つため脳障害が致命傷になると思われがちだが、最近の研究では、低血糖が不整脈などの心血管イベントを引き起こし、それが死亡につながると考えられるようになってきた。また低血糖の程度と死亡率は有意な相関が見られている。また、低血糖を経験した患者は経験していない患者に比べて心血管イベント及び死亡のリスクが1.5-6倍増加することも報告されている。一方、低血糖と脳卒中との関連性は明らかでない1)。

低血糖の治療については、10%ブドウ糖と50%ブドウ糖で治療効果に差はない。病院死亡率についても10%ブドウ糖は4.7%、50%ブドウ糖は6.2%と有意差はなかった2)。

引用文献

1)Lancet Diabetes Endocrinol. 2019 May;7(5):385-396.

2)Diabetes Res Clin Pract. 2024 Jan:207:111078.

著者紹介
今津谷 健(いまつや・たけし)
出身地 秋田県男鹿市
平成13年4月 消防士拝命
平成25年3月 救命士合格
所属:男鹿地区消防一部事務組合
   消防本部 救急課
趣味:サウナ、旅行

症例
スポンサーリンク
シェアする
opsをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました