近代消防 2021/1/10 (2022/2月号) p72-74
救急活動事例研究 57
通信指令課員がおこなう新型コロナウイルス感染症スクリーニング
澤田 淳
白山野々市広域消防本部
所属 白山野々市広域消防本部 通信指令課
消防士拝命年 平成10年4月
救命士合格年 平成9年4月
趣味 電子基板修理
目次
1.白山野々市広域消防本部の紹介
白山野々市広域消防本部は石川県金沢市の南、白山市・野々市市・川北町の2市1町で構成される広域消防本部である(図1)。管内の人口は約17万人で年間約6千例の救急出動がある。日本三名山の一つ「白山」、広大な「日本海」も管轄地域に含んでいる。
災害の特徴として、登山中の怪我や急病、河川や海での水難事故など、長時間の救急活動を伴う症例も多く発生している。
図1
白山野々市広域消防本部の管轄地域
2.目的
令和元年に更新された当消防本部の通信指令システムには、現場映像伝送機能、NET119受信機能、手書きメモ機能が整備された(図2)。
令和2年の新型コロナウイルス感染拡大に伴い、119番通報時に通報者に対し新型コロナウイルス感染に関係するスクリーニングを実施し救急隊に送信する取り組みを開始した。これは、令和2年2月発せられた新型コロナウイルス感染傷病者への対応手順ついての通知により、救急要請時に新型コロナウイルス感染症の罹患疑いの傷病者と確認できた場合保健所に連絡が必要になったことと、救急隊に感染防止の注意を知らせる目的がある。今回はこのスクリーニング方法について効果を検討し報告する。
図2
現場映像伝送機能、NET119受信機能、手書きメモ機能
3.スクリーニング方法
当消防本部では「救急要請時に感染が疑われる傷病者の要件」を制定している。これに基づき、スクリーニング表を作成した(図3)。
コロナウイルス感染拡大前の手書きメモ機能は、性別や年齢、症状や受傷部位を記載し救急隊に送信するものであった。コロナウイルス感染拡大後はコロナウイルス感染に関するスクリーニングに変更した。スクリーニング項目は消防庁救急企画室から通知のあった新型コロナウイルス感染疑い例を参考に作成した。呼吸器症状を詳細に聴取したり、クラスターの事業所関係者でないことをひとつひとつ確認するものであった。スクリーニングを実施していく中で、入電から出動指令まで延伸している可能性があると感じられたため検証を行った。
令和2年4月13日から令和2年7月24日までの間でスクリーニングを実施し記録された362例を実施群とし、覚知から出動指令までの指令時間を調べた。対照群は前年同時期の急病事案552例を未実施群とした。検定はt検定を用い危険率0.05未満を有意とした。結果として、未実施群に対し実施群では各地から指令までの時間が有意に延伸していた(図4)。
図3
通信指令課スクリーニング
図4
スクリーニング実施群と未実施群の指令時間の比較
4.改良スクリーニング方法
この結果から、スクリーニング方法を見直した。発熱があれば質問を続け、発熱がなければその時点で出動命令をかけるものである(図5)。発熱情報を基本としたのは、救急企画室通知の新型コロナウイルス感染を疑う要例および帰国者・接触者相談センターの相談要例に発熱が定められていることと、通報者にとって発熱の回答は容易であるためである。
見直し前後で覚知から出動指令までの指令時間を比較した。見直し前は4月の74例、見直し後は7月の64例である。4月は指令時間中央値74秒であったが7月は64秒で短縮された(図6)。
図5
通信指令課スクリーニング。発熱がなければすぐ出動命令をかける
図6
スクリーニング改良前後の指令時間の比較
5.スクリーニングとしての効果
クリーニングチェック表から①発熱、②呼吸器症状、③渡航歴・接触歴・クラスター関連の3項目について該当者数を調査した。
1項目該当、2項目該当、3項目該当を図に示す。通信指令課スクリーニングで3項目該当したのは4例であった(図7)。
スクリーニング結果から初診傷病名を調査した。スクリーニング結果が発熱1項目該当では尿路感染症9例、脱水症9例、熱性痙攣6例、その他27例であった。スクリーニング結果が呼吸器症状1項目該当では精神疾患30例、心疾患25例、他26例であった(図8)。
スクリーニング結果が発熱と呼吸器症状の2項目該当では初診傷病名は肺炎51例、他27例であった。スクリーニング結果が発熱、呼吸器症状と接触歴、クラスター関連の3項目該当が4例あったが、初診傷病名は全て上気道炎出会った(図9)。
通信指令課スクリーニング結果及び現場救急隊再スクリーニングから保健所に連絡した例数は31例あり3例が保健所の対応となった。残りの28例はスクリーニング結果から保健所に連絡するも渡航歴・接触歴・クラスター関連が該当しないと通常の救急対応が求めらた。
図7
スクリーニング結果
図8
スクリーニング1項目該当例の初診傷病名
図9
スクリーニング2,3項目該当例の初診傷病名
6.考察
今回の結果ではスクリーニング表の効果は確認できなかった。スクリーニング作成時には3項目該当者が新型コロナウイルス感染症患者の可能性が高いと考えられたが、今回の対象では新型コロナウイルス感染症患者は発見できなかった。
原因として最も大きなものは、今回の調査期間中の管轄する管内での感染者数が数名しかおらず、スクリーニングでは新型コロナウイルス感染症罹患者を確認できなかったものと推測する。だがこのスクリーニング表の結果により保健所に連絡した例があることから、スクリーニングとしての役割は持っていると考える。
スクリーニングには間接的な効果は見られた。体温測定やマスク着用の促し、換気の協力などスクリーニングすることで通報者や傷病者に協力を得られたことである。
スクリーニングの限界も明らかとなった。感染者数が少ない場合には患者をすくい上げることはできない。またまた指令時間の延伸が見られたこともスクリーニングの限界を示すものである。
石川県では現在、消防が保健所に連絡するケースとして以下の項目が定められているため、スクリーニングを継続している。
・保健所が濃厚接触者と認定した者
・感染者(入院までの間、自宅にいるもの)
・入院を要する疑似症の届け出がある者
スクリーニングで感染の疑いがある場合は、不織布つなぎの装着、PA連携の場合の活動人員制限(全員が居室に入らない)などを行なっている。実際にコロナ疑いで指令を出し、搬送後の検査で感染者であった事案も発生している。
7.結論
(1)通信指令課員がスクリーニング表を用い新型コロナウイルス感染症スクリーニングを行った結果を報告した。
(2)スクリーニングが効果をあげなかったのは感染患者数が少なかったためと考えられた。
ここがポイント
着目点は良かったが結果が出なかった。これは標本数、特に新型コロナの患者数が少なかったためである。石川県は日本でも新型コロナの患者数が少ない地域に当たる。統計学的に有意と判断するにはある程度の標本数が必要である。標本数が多ければ多くの事象は正規分布に従う。世の中にt検定とかF検定とか沢山の検定方法が出ているのは、突き詰めれば少ない標本数をどう処理するかという方法論を提示しているのである。
また、新型コロナ特有の症状がないことも聴取によるスクリーニングが難しい原因である。
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