近代消防 2019年10月号 p58-60
救急活動事例研究 31 急斜面での立木の伐採作業中に木と地面との間に右下腿を挟まれた症例 (鳥取県西部広域行政管理組合消防局 遠藤 歩/安達智之/田代裕一/岩田幸博/宇津宮 進/多田儒司/赤川紀夫、 鳥取大学医学部附属病院救命救急センター 本間正人)
急斜面での立木の伐採作業中に木と地面との間に右下腿を挟まれた症例
遠藤歩*,安達智之*,田代裕一*,岩田幸博*,宇津宮進*,多田儒司*,赤川紀夫*,
本間正人**
*鳥取県西部広域行政管理組合消防局
**鳥取大学医学部附属病院救命救急センター
著者連絡先
遠藤歩
えんどうあゆむ
〒683-0055鳥取県米子市冨士見町1-103-1
鳥取県西部広域行政管理組合消防局
米子消防署
電話:0859-39-0251
目次
1.鳥取県西部広域行政管理組合消防局の紹介
当局は、鳥取県西部地区に位置し2市6町1村を管轄している。管内の人口は約23万人(平成31年4月1日現在)である。救急出場件数は年間1万件を超え、年々増加傾向にある。なお発生場所分類が山林・原野のものは年間で2件から9件発生している(表1)。
表1
年度別出場件数
2.症例
72歳男性。平成30年2月、山林内で立木の伐採作業中に木と地面との間に右下腿を挟まれた(図1,2)。
受傷部位は伐採木と土により観察困難であった。伐採木が隣木にもたれかかり不安定に止まった「かかり木」の状態であったため伐採木の処理について森林組合に協力を依頼した。またドクターカーの出場を依頼した。
現場の状況を示す。立木は高さ約20m、直径約60cm、重さ約3tの大木で、枝分れした部分が隣木に約75度の角度でかかる「かかり木」の状態であり。風に吹かれただけで倒れる可能性があり、倒れる方向の予測も難しく、非常に危険な状態であった。また、現場は民家裏山急斜地であり重機の投入も困難であった(図3)。
図1
実際の写真
図2
模式図
図3
現場の様子。水平面から1.5m登った急斜面が現場。
現場の安全確保、二次災害防止が最優先と判断し、消防保有資器材で、かかり木の上部および下部の応急固定を開始した。応急固定と並行して、可能な範囲でバイタルサインを測定した(表2)。頻拍以外には顕著な異常所見は認めなかった。酸素投与を開始するとともに、酸素を長期に継続投与するため待機隊に予備酸素の搬送を依頼した。
また、輸液の適応と判断して指示要請を行なったが危険環境下での特定行為となることから、中隊長判断でかかり木の応急固定完了を待つこととした。
意識 | JCS 0 |
呼吸 | 18回/分 |
脈拍 | 110回、65mmHg |
SpO2 | 100%(酸素10L) |
表2
接触時の観察結果
ドクターカーが到着し、かかり木の応急固定完了後に、医師が接触し看護師により静脈路確保、維持輸液開始となった。受傷部位は伐採木で覆われ土が被さり、観察は困難であった。
救出活動を進めるためには、消防機関による応急固定に加えさらに強固な固定が必要であるとの判断で、森林組合によってチルホールを用いてでかかり木は四方の木々に固定された(図4)。この固定により右下腿周辺の拡張が可能となった。
救出開始前に看護師によりカルシウム補給剤投与、救急隊により除細動パッド装着を行ない、圧迫解除による致死性不整脈に備えた。
右下腿周辺を拡張したところ右下腿は高度に挫滅し再建不可能との医師の判断(図5)により、挟まれた部分を切除し救出することとした。医師より傷病者に対してインフォームドコンセントが得られ、麻酔剤投与、創部洗浄、中枢側の緊縛処置に続いて右下腿の部分切除が行なわれ(図6)、救出完了となった。表3にバイタルサインの時間経過を示す。麻酔剤投与により意識レベルと血圧の低下を認めたが、その他救助活動を通じて顕著な変化は認められなかった。また、圧迫解除による致死性不整脈も認めなかった。救助開始から救助完了までの時間は2時間16分であった。
図4
チルホールを用いてかかり木を完全に固定した
図5
医師による観察
図6
医師による処置。左端は輸液バッグを持つ看護師
救助開始 | 救助途上(+70分) | 救助完了(+136分) | |
意識(JCS) | 0 | 0 | III桁 |
呼吸(/分) | 18 | 正常 | 正常 |
脈拍(/分) | 110 | 96 | 87 |
血圧(mmHg) | 102/65 | 129/80 | 95/70 |
SpO2(%) 酸素 | 100, 10L | 100, 10L | 98, 10L |
心電図 | 洞調律 | 洞調律 | |
備考 | カルシウム補給剤投与、麻酔剤投与 |
表3
バイタルサインの推移
3.考察
(1)本症例について
本症例はかかり木に下腿を挟まれたもので、二次災害の可能性から接触・観察・処置が困難であった。森林組合との連携で二次災害防止措置を行い、また森林組合からは想定される危険要素とその対応の助言を得た。医師からは長時間に及ぶ傷病者管理と想定される容態変化およびその対応への助言を得た。林業災害において森林組合・医師の専門的見地による助言は非常に有用であり、関係機関との連携は特異症例における救命率の向上につながると考える。
(2)当消防局における林業災害への対応について(図7)
管内には4つの森林組合がある。林業災害は毎年複数件発生していて死亡事例もあることから、関係機関との連携体制構築を目的に、平成28年6月に山林事故発生時の連携活動に関わる会議が開かれた。会議には当局、県担当課、管内森林組合が参加した。
会議内容を踏まえた当局の取り組みは以下の通りである。
1)災害発生時の早期連携体制確立
指令センターと森林組合事務所が相互に情報提供を行うとともに、山林内でのGPSの正確性の検証、案内人の配置など、傷病者との早期接触に努めている。これは個人事業による災害においても無償で協力を得ている。
2)消防職員の林業災害に関する知識・技術向上
林業に関する安全研修、資機材取扱い研修、合同想定訓練を定期的に行い、職員全体の知識量の補完に努めている。
3)森林組合員の初期対応強化
通報内容を明確化し、ファーストレスポンダーとしての活動を促すため、関係機関との協力で緊急連絡カードが作成されるとともに、迅速かつ的確な応急手当が行えるよう講習会を実施している。
図7
当消防局における林業災害への対応
4.結論
(1)かかり木と地面に下腿を挟まれた症例を経験した。
(2)森林組合と協力しかかり木の固定を行い、医師によって下腿部分切除が行われたのちに救出した。
(3)当局による林業災害への対応について報告した。
名前:遠藤歩
読み仮名:えんどうあゆむ
所属;鳥取県西部広域行政管理組合消防局米子消防署
出身地:鳥取県境港市
消防士拝命年:平成23年
救命士合格年:平成27年
趣味:旅行・サイクリング
ここがポイント
厚生労働省では伐木作業での安全対策を推進しており、
救助側が考えるべき第一は二次災害の防止であり、
森林災害ではいまだに年間40名もの死亡者が出ている(林業・
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