プレホスピタルケア 2020/6/20日号 p83
最新救急事情(216-2)
ECMOとルーカス
新型コロナが入ってきて以来、ECMOという言葉を聞くことが多くなった。ECMOはExtracorporeal Membrane Oxygenation (膜型人工肺) deviceのことである。亡くなった志村けんさんもECMOを装着していたと報道されている。今回はこのECMOと、心肺蘇生の機械では最も普及している自動心マッサージ器ルーカスについて報告する。
目次
ECMOの仕組み
血液の酸素化をする機械である。肺の酸素化が障害されている患者に対して、チューブで血液を取りだし、酸素をその血液に混ぜて血液を戻す。略語では「肺」となっているが心肺蘇生の場合にはCardiac ECMOといって循環もアシストするような装置が使われる。そうなるとExtracorporeal(体外式) CPR(ECPR)と呼ばれるようになるらしい。最初にECPRが報告されたのは1966年1)だが、現在のような細いカテーテルが開発されていなかったために血管へのアクセスが難しく、いちいち手術で血液路を設置しなければならなかった。現在では機材の改良が進み、また新型コロナによる需要増加で小型のECMOの開発が加速されている。
心停止後早期に導入できれば効果あり
さて、このECMOを使った心肺蘇生であるが、まだ無作為な前向き研究は行われておらず、症例報告の集合的な報告しか存在しない。現在までで患者数の最も大きい報告は、113例が通常の心肺蘇生、59例がECMOを使ったものである2)。それによると卒倒から30分以内にECMOを導入できれば生存退院率は50%増加するが、30分から60分までなら30%の増加に、60分以降なら20%の増加に留まるというものである。他の報告でも20分以内に回すことができれば30分以上かかった群に比べて28日後の生存退院率が増加するとしている3)。
院外の心停止に関しては日本から報告が出ていて、3ヶ月後の生存率を上昇させるとしている4)。また別の報告5)では、ECMOに低体温療法と大動脈バルーンポンプを加えることで1ヶ月後と6ヶ月後の神経学的後遺症の軽微な症例を増やすことができるとしている。
これならば院内の心肺停止症例では希望が持てる。病院外の心停止については30分以内に導入はかなり難しい。一時期論文がいっぱい出た「心肺停止センター」なら可能かも知れない。
患者選択はどうするのか
ECMOについては良い成績が出ている。だが普及には費用が立ちふさがる。機材は一人につき30万円くらい。AED1台の値段くらいする。そのほかに人件費がかかる。新型コロナやインフルエンザで肺が機能しなくなった患者に使うのはいいとして、最初から助からない人にECMOを使うのは無駄遣いになる。どこかで線を引く必要があるだろう。
自動心臓マッサージ器の成績
次は、現在多くの消防で導入されている自動心臓マッサージ器。この機械と手押しによる胸骨圧迫とで、生存退院率などの指標が手押しの方が優れていることはこの以前にお伝えしている。発売された当初は「絶え間のない胸骨圧迫」に加えて隊員の負担も軽減してくれるため物凄く期待されたものだが、いまだに手押しを超える成績は出せていない。
この器械の代表であるルーカスについては、2011年に最初の研究6)が出ていて生存入院率も生存退院率も有意差なし。続いて2014年にはJAMA7)から、2015年にはLancet 8)から大規模な前向き研究が発表されたが、ここでも差は認められなかった。ルーカス以外のピストン型の心臓マッサージ器においても、症例数は少ないもののやはり有意差は見られていない8)。ルーカスを使うと骨折が増える。手押しとルーカスを比べると、胸骨骨折が38%→80%へ、肋骨骨折が77%から96%へ、軟部組織の損傷が1.9%から10%へ増えるという9)。
胸を幅広いバンドで締め付けることで胸骨圧迫の効果を出すオートパルスについては有意差は認めない10)ばかりか、取り扱いに不慣れだと生存率や神経学的に軽症の患者の割合が悪化するという報告11)まで出ている。
このため2015年のアメリカ心臓学会蘇生ガイドラインでは「手押し胸骨圧迫が不可能もしくは危険と考えられる場合において訓練された退院がこの機器を使用する場合に使用を勧める」という表現になっている12)。
ガイドライン2020では
ECMOについてはガイドライン2020に取り入れられるだろう。控えめに「使ってもいい」程度の表現になると思われる。自動心臓マッサージ器については今まで良い成績を見たことがない。2019年に出たメタアナリシス論文でも、ルーカスと手押しで生存入院率、生存退院率、30日後の生存率を比較しいずれも有意差は見られなかった13)。そのためガイドライン2020でも2015と同様に「どうしても使わなければならない場面には使っても良い」という表現になるだろう。
文献
1)JAMA. 1966 ; 197:615-8
2)Lancet. 2008 ; 372):554-61
3)Resuscitation. ; 117:109-117
4)Crit Care Med. 2013;41:1186-96
5)Resuscitation. 2014 ; 85:762-8
6)Resuscitation. 2011 ; 82:702-6
7)JAMA. 2014 ; 311:53-61
8)Lancet. 2015 ; 385:947-55.
9)Eur Heart J Qual Care Clin Outcomes 2019;5:259-65
10)JAMA. 2006 ; 295:2629-37
11)JAMA. 2006 ; 295:2620-8.
12)Circulation. ; 132(18 Suppl 2):S436-43.
13)Medicine(Baltimore) 2019;98:e17550
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