月刊消防 2020/89/1, p81 「軽症症例」からの車椅子搬送
満田一樹
松江市消防本部
松江市消防本部では軽症傷病者の搬送に車椅子を利用しています。これにより迅速かつ安全な移送に加え、救急隊員の肉体的な疲労の軽減が可能となりました。しかし、車椅子搬送を思いついたのは別の理由からです。
救急を取り巻く課題として「出動件数の増加」「救急車の適正利用」および「救急隊員の労務管理」が強く言われています。当消防本部においては特に「救急隊員の労務管理」が改善すべき課題でした。私自身が出動後に疲労を感じる症例について考えた時、活動のストレスが疲労に繋がっており、そのストレスを蓄積させる要因となる出動は「重症度や緊急度の高い症例」ではなく、意外にも「軽症症例」であると気付いたのです。軽症だからこそ円滑に活動を進めたいと考えることが逆に活動の円滑性を欠く要因となり、ケースバイケースで乗り切らなければならない場面が軽症症例に多く存在するからです。
「軽症症例」に対し私が感じるストレスの例を挙げると
・病院手配時に搬送の必要性について問われるため、特に詳細な状況把握の必要がある。
・意識のある傷病者との接遇機会であり、主訴、情報を傷病者からとる必要がある。
・傷病者自身から苦言を受ける可能性がある。
・より丁寧な接遇が求められることで、現場滞在時間が延長する。
・飲酒が原因での事案が多い。
・隊員の緊張感の欠落から、活動負荷(困難な処置・観察・搬送)が無いのに、現場活動に時間を要している。
しかし、このような事実がわかっていても、救急隊への助けを求めている傷病者に対しては真摯に対応しなければなりません。そこで、まず肉体的な疲労を軽減し、その余力を精神的ストレスの改善に向ける手段として車椅子による搬送を提案しました。また車椅子を使えば、独歩可能な傷病者でも転倒などによる二次的損傷を防げますし、隊員による徒手搬送の代替ならば肉体的な疲労を大幅に軽減できます。
導入訓練中には、傷病者の安全向上はもとより、今まで複数隊員が当たっていた搬送業務が一人の隊員で可能となったことから活動時間も短縮できることがわかりました。
車椅子を使用した現場活動は、傷病者接触から車内収容までの活動が円滑に行え、隊員の疲労についても軽減できているとの報告を多く受けています。屋外での使用ケースが増えてきているため、競技場や野球場などの運動施設での使用を想定した訓練も計画しています。車椅子の積載は現在のところ使用頻度が高いと推測する救急隊に限っていますが、「活動の安全性の向上」「隊員の疲労の軽減」に「軽症症例ストレス対策」を加えることができれば、さらに車椅子の活用範囲は広がり、多くの救急車に積載するべき資器材になると考えます。
組織としての車椅子搬送は全国初の試みです。新しい取り組みに挑む本部内の気質を維持しつつ、今後も救急現場で奔走する救急隊の負担軽減が図れるよう、活動の中から解決策を導き出し、提案していきたいと考えています。
最後に、新型コロナウィルス感染症の対応では、全国の救急隊員のみなさんが普段以上の感染予防対策を行って、現場活動に取り組んでいると思います。この先、第二波・第三波が心配される中で、「危険なことを、安全に行うのが消防士」と、当たり前のことと思われがちですが、スタンダードプレコーションを見直す機会とも捉えて、二次災害の無い救急活動に努めましょう。
プロフィール
氏名
満田一樹(ミツタカズキ)
所属
松江市南消防署 湖南出張所
出身地
島根県 松江市
消防士拝命年
平成4年4月
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